久保田薫コラム

アメフトのヘルメット以外の装具の歴史

第10話
アメフトのヘルメット以外の装具の歴史
第3章

球技で無くてはならないものと云えば当然のことですがやはりボールでしょう。アメフトも創生期はサッカーで使用されていた球形のボールでその後ラグビーボールを使用するようになったが、1896年ごろは楕円形状のボールということだけで細かいサイズや仕様の取り決めはなく1912年まではサイズの規定さえもなかった。(写真9)

1929年になってより細い弾丸型の形状のボールが許可され、更にナイトゲームの試合球として白色及び他のカラーボールの使用も許可されるようになり、これは1941年まで続いた。(写真10) その後1956年にはラバーボールが認可され、1982年にはボールに関する細かい規定が正式に決められるようになった。

次にシューズの製作が予想外に早くから行われていとことには驚かされる。 1876年のイエール大の選手の集合写真(写真11)を見ると全員がハイカット シューズを履いており、しかもチームで揃えているのが窺える。

実はフットボール ブーツと呼ばれたシューズの歴史はかなり古くからある。 記録に残っているもので最も古いものは1526年の大英帝国時代のヘンリー8世王が履いていたと思われるもので、それはヘンリー8世王の1526年に使用されたとする荘厳な衣装部屋から発見されたリスト(今日のショッピングリストのようなもの)にヘンリー王のお抱え靴屋のコーネリアス ジョンソンが1525年に4シリング(現在の13,100円ほど)で作ったと記録されている。

その現物は残されていないが現在のものより重く踝(くるぶし)の上までのハイカット仕様であったと云われている。
(写真12)

それから300年後、英国でもフットボールが盛んに行われるようになり一般の競技者もフットボール用のシューズを履くようになった。

やはりハイカットで踵(かかと)の部分は鉄板でカバーされ靴底には金属の鋲がうたれていた。 その後、ハイカットから現在のローカットになり靴底には金属の鋲の代わりに皮を円形に削り何枚も重ねた、後にクリーツと呼ばれるものを6カ所に打ちつけ、グランドで滑らないように工夫された。

1920年代に入ってからは現在でも続いているアディダス兄弟によるシューズ メーカーのようなフットボール シューズ専門の会社が現れ始め一層進化をした。 その後アメリカに渡ったフットボールがアメリカン フットボールという独自のフットボールになった時にシューズもサッカーのものが6個のクリーツだったのをもうひとつ前に追加し7個とし、よりグランドにしっかりと踏ん張れるようにしたのである。
(写真13)

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